ナルミとは、鳴海製陶株式会社のことで名古屋市に本社がある陶器のメーカーです。
有名なのは、ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、ボーンチャイナと呼ばれる白いコーヒーカップやマグカップ、洋食器などが有名ですよね。
ナルミは日本の陶磁器メーカーでノリタケに次いで2位の売り上げがあり、主に業務用のホテルやレストランなどで使用されることも多いが贈答用としても有名です。
また日本で初めてボーンチャイナの工業化に成功したのがナルミなんです。
ボーンチャイナとは「bone(ボーン)」の意味は骨「china(チャイナ)」の意味は陶器で、名前の通り、骨灰と磁土を混ぜて焼いた陶器のことになります。
骨灰と混ぜて焼くことにより、乳白色の焼き物ができます。
このボーンチャイナは、18世紀にイギリスの陶磁器メーカーであるミントンが発明したといわれています。
普通の磁器よりも、薄く壊れていまいそうですが強度があるのが特徴です。
例えば友人の結婚のお祝いのときなど、ナルミのボーンチャイナ商品のお皿のセットを送ってはいかかでしょうか?
あの乳白色の色の食器に盛り付けされた食事が新婚の食卓にはぴったりなのではないでしょうか。
日本の歴史に「ナルミ」の名が現れたのは、300年ごろ日本武尊が東征の折に読んだ歌の中です。
鎌倉時代には、京と鎌倉をつなぐ街道の要地として、戦国時代には勢力争いの要所となり、その後東海道五十三次四十番目の宿場町として栄えました。
また、伝統産業の鳴海絞りは古くから日本の伝統文化がその名を全国に知られていますよね。
江戸時代初期には、鳴海の里においても鳴海焼が焼かれた歴史があり、幕末の頃にも焼物を焼く窯の煙が上がっていたのだそうです。
鳴海は古くからの焼き物の産地でありました。
その鳴海の地に、1938年、名古屋製陶株式会社がドイツ式陶磁器の新工場を建設し、陶磁器の生産を始めました。
住友金属工業株式会社が軍需省の要請により航空機の空冷気筒冠の製造をするために、この陶磁器工場を買い受けたのは1943年のことです。
これによって名古屋製陶㈱の陶磁器生産用の設備は次々に撤去され、航空機部品を生産する設備が設置されていきました。
しかしその2年後の1945年、敗戦とともにこれらの設備は全く無用の長物となりました。
日本中が悲しみに包まれ、混乱と虚脱、そして窮乏にあえぎ、生きていくのに精一杯の日々でした。
そんな中、工場の片隅にわずかに残された名古屋製陶所時代に作られたカップと茶碗が平和への思いを呼び起こしたのです。
もう二度とこんな悲しい想いをしないために、わずかな設備と技術者を受け継ぎ平和への願いを込め1946年、NARUMIとしての創業決意したのだそうです。
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