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■陶器の歴史

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中国

中国

中国では、土器が作られたのは紀元前7000年頃といわれています。またその同じ頃、オリエントでも土器文化が始まっています。
紅陶、彩陶、黒陶、白陶などが作られましたが、一般の生活には灰陶と呼ばれる、実用的な灰色の土器が多く用いられたそうです。
釉薬は一般的には木灰釉で、灰釉は1000度以上の高火度で溶けてガラス質の皮膜となり、焼物の器表を覆います。
水漏れを防止し、耐久性を強める効果があります。
中国では殷・周時代の施釉陶器を原始磁器または原始青磁と呼んでおり、春秋戦国時代に発達しました。
また、印文硬陶という施釉されないストーンウェアも使われていました。春秋戦国時代の原始磁器は青銅器の器形や文様を忠実に写しています。
有名な唐三彩は、白磁に緑釉、褐釉、藍釉、白釉など複数の色釉をかけ合わせたもので、8紀前半に副葬品として盛んに作られました。
人物、馬、ラクダ、家屋、生活器(壷など)があり、ラクダの上に歌手や楽隊が乗ったものもありますが、すべて副葬用であり、墓室に通じる道の壁面に設けられた小室に収められていました。
三彩俑だけではなく加彩俑や金彩を施したものもあります。
王陵墓では1000体を越す俑が副葬されました。しかし唐時代後半には、俑の副葬が急激に衰えるのです。

ヨーロッパ

ヨーロッパ

結婚のお祝いなどには欠かせないほど、いまや洋食器は私たちの暮らしに身近なものになっていますよね。
ヨーロッパが、東洋の白く、強く、美しい磁器に目覚めたのは17世紀頃のことだそうです。
王侯貴族のコレクション・アイテムの時代を経て18世紀には、今に伝わる名窯がいっせいに花開きました
。 18世紀初頭、当用磁器への憧憬から生まれた西洋磁器は、さまざまな変遷を経て、独自の美しさを持つテーブルウエアーに完成されたのであります。
ちなみに磁器とは、素地が白くて硬く焼き締まっているもののことです。
吸水性はなく一般に透明釉が掛かっていてつややかで、陽にかざすと光が透けて見え、叩くと美しい音がします。
最初に作られた白い磁器は中国、宋から元の時代(12~14世紀)とされます。
透き通るように白く、妖しいまでの魅力をたたえた東洋の磁器が、ヨーロッパにデビューしたのは意外に早く、12世紀アラビアの商人によるとされています。
中国磁器の白さ、薄さ、硬さは、ヨーロッパでは画期的なものでした。
それからさらに数世紀、17世紀には入ってオランダ東洋インド会社が設立されると、中国と日本との貿易を独占し、お茶や絹織物などとともに磁器をヨーロッパに運ぶようになったのだそうです。
異国趣味と喫茶の習慣、そしてはるか彼方の東洋への憧れからシノワズリがヨーロッパ各国の国王や貴族、富裕な商人たちに熱狂的に迎えられたのだとか。
東洋から運ばれてきた硬質磁器は「白い黄金」と呼ばれ、金銀宝石と等しいか、それ以上の価値を持つものとして王侯貴族の宮殿や大邸宅に飾られました。
どれだけの数がヨーロッパにはこばれても、依然として東洋のの磁器は貴重で高価なものであったようですね。



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